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発行人の日記

ノーベル文学賞秘話!

2018年08月

私が受賞したときの話ではない(笑)。

今年受賞した日系イギリス人作家・カズオイシグロ氏は長崎の生まれで、初期の作品『遠い山なみの光』は戦後すぐの長崎が舞台だ。海洋学者の父母とイギリスに渡ったのは4、5歳のときだったから記憶のありようもないだろう。この作品はその後の取材をもとにしたはずで、ほとんどを会話でつないでいく、映画にたとえれば小津安二郎さんかな、淡々としたはこびだ。

秘話!というのはこんなことだ。

主人公(たぶん母親のこと)は、
「…市の東部にあたる地区に住んでいた。家のそばに川があって、戦前にはこの川岸ぞいに小さな村があったと聞いたことがある」

「…私たちは坂を登りきった橋の上で、市内へ行く市電を待っていた。佐知子は眩しそうに片手をかざして、橋から見える景色を眺めていた」
「…市電の停留所で二人の女が越してきた女の話をしていた。」

こんな具合に、物語のあちこちで長崎の風景が描かれる。私はしだいに奇妙な気分になってきた。

「アパートの窓から見えたのも稲佐の山々だった。そして、ある暑い午後に、わたしは佐知子親子と一緒に、ほんとうに稲佐山に行ったのだった。

読み進むうちに、とうとう決定的な一節が目に入った。

「…また中川の辺りへ戻ることがあると、相変わらず悲しみとも喜びともつかない複雑な気持ちに襲われた」

主人公は中川という町に住んでいたのだ。

私が住んでいたのも長崎の東部、家のそばを中島川の小さな流れが町の中心へ、港へ向かって流れる。町の名前は「新中川町」であり、隣りの町はもっと大きな、古い街並みの「中川町」という。

なんと!ノーベル賞作家イシグロ氏は私の郷里の家の近くを舞台にして小説を書いたということになる。電車の停留所は「蛍茶屋」であり、「中川町」であろう。川は中島川であり、友人の佐知子は新大工町の「うどん屋」で働いている(と思える)。会話の稲佐山は遠足で思い出深い。

この作品は私にはさほどの読後感をもたらさなかったが、それだけに案外、小津安二郎さんが生きていればノーベル賞も遠い話ではなかったのかなと気付かせてくれた。だってボブディランだって受賞したんだもんね。
おしまいに、この作品、かつて松竹のヌーベルバーグ映画の旗手・吉田喜重が『女たちの遠い夏』というタイトルで映画化寸前までいって製作中止になったらしい。あまり知られていない話だが、ネットをさまようといろんな発見がある。

2017.11.10

  

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