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発行人の日記

軍艦島の手前にあったネズミ島の話

2018年08月

先日、軍艦島の話を書いているうちに数十年前、私がまだ小学校1,2年の頃の夏休みを思い出しました。

それはね(と、ご隠居身を乗り出して)、長崎の港内に大波止(おおはと)という桟橋があって、夏休みになると朝早く子供たちをおおぜい乗せた船が出る。行先は「ネズミ島」という不思議な名前の小島で、子どもたちはみんな首から紐をつけた木札をさげている。たぶん「乗船証」みたいな文字が書かれていたのだろう。毎年、両親は休みに入る前にこの木札を学校だかどこだかで購入して子供を海に遊びに出すのだ。

子供たちは麦わら帽に、ランニングシャツ、半ズボンで、腰には豆を入れた小袋をぶら下げている。海に入ると塩味がついて食べごろにふやけたおやつができるのだ。足元は運動靴かゴムのサンダルだったろう。

夕方まで海でさんざん泳いで、また船に乗って家路をたどる。懐かしい風景で、もうねえ…涙ものだ。これは日本人が等しく貧しかった時代の、九州の田舎の子どもたちの夏休みの過ごし方だったんですね。

ところで「ネズミ島」のことだが、そんな島ほんとにあったんかいな、名前からしておとぎ話のよう。思い出すたびにそう一人反芻していたら、なんとネズミ島情報をネットで見つけました。

それによると長崎港の入り口にある周囲600メートルの島。全島が海水浴場。1972年に閉鎖されるまで子どもたちの楽園だった(いまは埋め立てて陸続きになっているらしい)。木札についてもふれている。

。。。入会すると首からかける木札をもらう。それが会員証だ。その木札の紐に、お小遣いの5円玉を何枚か通し、それで買うのがはじき豆。それを木綿の袋に入れて泳いでいると、ふやけて塩味が程良いオヤツになる(ブログ「長崎見聞録」ながさきのへそ)。

そういえば新橋駅の機関車広場前に、とっくに移転したが以前、老舗の豆屋さんがあった。サラリーマン時代にその店先で「はじき豆」を見つけたときは吃驚しましたね。名前の由来は分からないが、とにかく堅い豆で、海でふやかして食べたのにはやっぱり理由があったわけです。

思い出しついでの老人の長話しでした。

2017.8.8

  

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